ちびくろ日記

小さくて色黒、平凡な大学生の日常。

お笑いは「芸術」か「スポーツ」か

皆さん、ごきげんはいかがですか?

ちびくろです。

 

今回は、ぼくの大好きな「お笑い」について考えたことを書いていこうと思います。

 

 

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はじめに、少しだけぼくの話を。

 

ぼくは、小さい頃からお笑いが好きで、よくテレビで観ていました。

当時はスマホも持っていなかったので、芸人さんのネタ番組は必ず録画して何度も観ていました。

 

そして、高校生になると、何かの縁で生徒の前で漫才などをやらせていただく機会をもらえるようになりました。

実際に舞台でやってみると、人前でお笑いをする楽しさ、難しさなど、色々なことを知ることができました。

 

それから数年経ち、今に至るわけなのですが、

当時は何とも思っていなかったことが、最近になってふと気にかかり始めたことがあります。

 

それは、「お笑いはどのジャンルに含まれるのか」ということです。

 

お笑いはお笑いだっ…!!!

などという身も蓋もないことを言われると弱ってしまいますので、そこは目をつぶっていただければと思います。

 

 

 

まず、ぼくはお笑いは「芸術」か「スポーツ」のどちらかだ、

というところまで絞り込みました。

 

ここまでは、あまり難しいことではありませんでした。

しかし、この二つから一つを決定することに苦労しました。

 

 

お笑いは、芸人さんの脳から生み出される創作物、芸術作品だとも言えますし、その一方でM-1グランプリやキングオブコントのような、勝ち負けにこだわったスポーツのようなステージも存在します。

 

では、芸術とスポーツを組み合わせたものなのか、と言われると、それはそれで違和感を覚えます。

 

芸術かスポーツ、いったいどちらなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

—結論から言うと、ぼくはお笑いは「芸術」であるとしました。

 

その結論に至った過程を、今から見ていただきたいと思います。

 

この結論はあくまでぼくの考えなので、

皆さんも一緒に、芸術かスポーツなのか、はたまた他のジャンルであるのか、考えながら読んでいただきたいと思います。

 

 

 

 

まず、「芸術」か「スポーツ」か判別するためには、

両者の違いを考える必要があります。

 

 

芸術といってもなんだかざっくりしているので、

少し具体例を挙げてみましょう。

文芸や絵画、音楽や映画、演劇などですね。

 

一方、スポーツは説明不要だと思います。

 

この両者の違いは何なのか。

互いに分野が違うので、ここでは「目的」という観点から考えてみたいと思います。

また、目的にも様々なものがあるので、ここでは一般的に考えられている第一義的な目的とします。

 

異論はあると思いますが、ぼくはこのように考えました。

 

 

芸術の目的:人の感情に訴えかけ、受け手の心に何かを残すこと。

スポーツの目的:目の前にいる相手に勝利すること。

 

 

こう考えてみると、たしかにお笑いは二つに当てはまる気がします。

お笑いは、名前の通り人の「笑い」という「感情」に訴えかけるものですし、一方で先述したように勝ち負けを競う賞レースも存在します。

 

ですが、少しだけ細かく考えてみると、大きな違いが明らかになります。

それは、「目的」と「結果」を区別することで明確になります。

 

 

 

両者の目的は、先述したように

 

芸術の目的:人の感情に訴えかけ、受け手の心に何かを残すこと。

スポーツの目的:目の前にいる相手に勝利する(またはしようとする)こと。

 

です。

では、その目的を果たした結果、どうなるのでしょうか。

 

 

芸術では、人の心を動かした結果、賞を受賞したり認知されたりします。

スポーツは、試合に勝利を目指した結果、人を感動させたり注目を浴びたりします。

 

 

つまり、

芸術は    感情を揺さぶる→勝利(報酬)を得る

スポーツは  勝利(を目指す)→感情を揺さぶる  と言えるのです。

 

 

これの逆は起こりえません。

芸術では、?となりますし、

スポーツでは、感情を揺さぶった方が勝てるわけではないですからね。

 

 

賞レースなどもこの考えから説明がつきます。

お客さんや審査員を笑わせた(感情)→賞がもらえる(報酬)

 

 

このように考えてみると、お笑いは前者、

つまり「芸術」だということが理解できるのではないでしょうか。

 

 

皆さんはどう考えますか?

先ほども言ったように、これはあくまでぼくの意見です。

正解ではありません。

 

このような考え方もあるんだな、と

頭の片隅にでも置いていただければ嬉しいです。

 

 

このテーマについて、ぜひ皆さんの考えもお聞かせください。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

本文で、お笑いは「人の感情を動かす」ものであると紹介しました。

 

人の感情を動かす、これがどんなに大変なことなのか、

ほとんどの人が理解できると思います。

 

スポーツは結果的に感情を動かしますが、

お笑いは意図的に感情を揺さぶります。

 

この違いは、非常に大きいです。

 

 

もちろん、スポーツを下に見ているわけでは決してありません。

ぼくも小学校から高校までずっと野球をしていましたし、

その魅力にどっぷりとのめりこみました。

 

ぼくがここで言いたいのは、お笑い芸人のすごさを

もっと知ってほしいということです。

 

ひいては、芸術の素晴らしさと

もう一度向かい合ってほしいなと思います。

 

ぼくは、大学に入ってから少しずつ芸術に興味を持ち始めました。

全く詳しくはありませんし、本来はぼくが言うことではないのですが、本当に芸術は素晴らしいです。

 

時間がある時に、スマホを置いて映画を一本観てみる、

小説を30分読んでみる、たまに美術館に足を運んでみる。

もちろん、お笑い鑑賞も。

 

 

芸術は、人生に彩りを与えます。豊かさを与えます。

 

 

ぜひ、少しでも芸術に触れてみてください。

 

 

 

 

 

それではまた。

 

 

 

 

 

 

 

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人にとやかく言う人は不自由に死ぬ

皆さん、ごきげんはいかがですか?

ちびくろです。

 

今回は、「人がやっていることにとやかく言う人」について考えたことを書いていきます。

 

 

人が何か挑戦していること、または趣味や習い事などに対して、

何かと突っかかってくる「とやかく言う人」(通称とや人)。

 

「それ、何の意味があるの?」「どうせ上手くいかないだろ」

「あんまりおもしろくなさそう」

まるで息を吐くように、次々と嫌味を投げかけてきます。

 

おそらく、あなたの周りにも一人はいると思います。

 

ハッキリ言って、ぼくはそのような人が大嫌いです。

ほんと嫌い。キモいです。

 

 

この記事は、そんな「とや人」への警告と、

心優しい読者の皆さん(や、ぼく)がいつか「とや人」になってしまわないように、心にとどめておくべき考え方を文章に残しておこうと思います。

 

 

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結論から言いますと、とや人は不自由に死にます

 

すっごいこわい言葉。不自由に死ぬて。

 

 

 

ですが、これは本当です。

理由は、至ってシンプルです。順を追って説明します。

 

人にとやかく言う、ということは、

言葉の対象を下に見ているということになります。

 

悪口というのは、

まず前提として「自分は正しい」という考えがないといけません。

正しさがなければ悪もないですし、

自分が正しくなければ何かを批判できないですからね。

とや人は、自分が正義、間違いなく正しいと考えています。

そして、物事に正しい(と思い込んでいる)定規をあてて、それが良いのか悪いのかを判断しています。

 

とや人の思考回路としては、

 

(自分の定規に合わないものは悪だ→してはいけないことだ→してる人はバカだ→悪口発射)

 

って感じなんですよね。

 

 

なので、基本的に人や人がやることを見下しています。

 

 

しかし、ここで少し考えてみると、あることが分かります。

悪口を言っているということは、その人は

そのことをやらないと宣言しているのと同じようなものなのです。

 

なぜなら、そのことを下に見ていて、している人はバカだと言っているのと変わりは

ないからです。やるはずがありません。

 

その結果、とや人たちは自分で自分のすることを制限し、狭めていっているのです。

 

つまり、とや人たちは不自由に死ぬのです。

こわいですね。

 

 

では、このような悲惨な目に合わないようにするにはどうすればいいのか。

それはやはり、人のやっていることに対して突っかからないことでしょう。

 

もう少し言えば、思うことがあっても口には出さないことです。

あれ?と思ってしまうことは仕方がないです。人間ですから。

しかし、それを口に出すのと出さないのでは大きく異なります。

 

とや人たちは、口に出してしまっていることで後に引けなくなります。

こいつはこのことを悪く言っているし、やらないんだなと認識されるからです。

 

反射的に口に出さないように気を付けるべきだと思います。

 

 

 

自分で自分を不自由にしないためにも、

自分の言動にはよく注意して行動していくべきだと、ぼくは考えています。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

この記事を書くきっかけになったのは、ぼくの実体験です。

 

友人が、ぼくが筋トレをしていることを小バカにしてきたので、少しイラっときました。ぼくは、こうならないようにしようと決めました。

 

言った人はあまり気にしていないと思いますが、

言われた方はやっぱり何か引っ掛かります。

 

なので、自分のためにも、人のためにも、他人の行動に余計に口出しをしないこと。

それが良いなと思います。

 

 

 

 

それではまた。

 

 

 

 

 

 

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思ったよりブーメラン投げてるよって話

 

いきなりですが、質問です。

皆さんは、自分の言動を正確に把握できていますか?

 

 

改めて考えてみると、胸を張ってYESと言える人は少ないのではないでしょうか。

 

しかし実際は、ほとんどの人が普段からしっかり自分のことを把握できていると考えています。

 

ぼく自身もそのように考えてしまうことが多々ありますし、また言動が矛盾している人と出会うこともたくさんあります。

 

例えば、よく遅刻してくる友人Aが、友人Bが遅れてくることを知ると「あいついつも遅刻してくるんだよなぁ」とつぶやいたり、「〇〇しないほうがいいよ」と言ってくる友人が常日頃からそんなことやってたり。

 

普通、自分の言動をしっかり把握できていればそんなことはできるはずありません。

特大のブーメランをぶっ放していることになりますからね。

 

 

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ですが、そんな光景を多く目にすることも事実です。

 

 

 

では、どのようにしていけば自分のことをより把握できるのか。

そのことについて、ぼくなりの考えを書いていこうと思います。

 

 

 

 

実は、これだ!という答えはすでに出ています。

普通に考えたらわかることですし、あらためて言うほどのことではないのですが。

 

一応言っておくと、自分を客観的に見ることです。

 

 

…当たり前ですね。

 

 

 

しかし。しかしです。

この「自分を客観的に見る」ということが非常に難しいのです。

 

それができていないから、空中には大量のブーメランが飛び交っているのです。

 

 

では、なぜ「自分を客観的に見る」ことが難しいのか。

それは、人間には自分を可愛がる感情があるからです。

 

その感情が、客観的な事実を捻じ曲げてしまうのです。

先ほどの遅刻の例を取り上げてみましょう。

 

よく遅刻してくる友人Aは、自分のことは棚にあげて遅刻してきた友人Bに文句を言います。おそらく、この時の友人Aの頭の中では、「あの時は疲れていたから昼寝してしまったのも仕方がない」などの言い訳が無限に出てくるでしょう。

 

これは、自分が可愛いがゆえに無意識に自身を擁護してしまっているのです。

なので、友人Aは遅れてきた友人Bに対して「自分は仕方がない、でもこいつはただ遅刻をしただけだ」というズレた解釈をしてしまい、「あいついつも遅刻してくるんだよなぁ」などと言ってしまうのです。

 

 

こういう恥ずかしいことは、できるだけ避けたいですよね。

 

なので、ぼくなりにその方法を考えてみました。

 

 

一番いい方法は、常にロボットと行動して自分の言動を逐一メモしてもらうというものですが、あまりにも非現実的ですよね。

 

なので、それを自分でやっちゃいましょうというのが、ぼくの考えた方法です。

つまり、自分のことを紙に書きこむのです。

 

感情は一切省き、事実だけを淡々と記入していく。

そうすれば、自分の今ある状況、考え方、言動等をより正しく把握できると思います。

 

やはり、どうしても無意識に感情が介入してくることがあるので、完璧に客観視できるとは思えませんが、有効な方法だと思います。

 

 

そうすれば、自分の言動の矛盾に気づくことができるだけでなく、、自分の立場、今やるべきことなど多くのことが分かってくると思います。

 

自分のことについて考えることは、時に苦しみが伴うことがありますが、それを乗り越えてこそ「本当の自分」を理解できるのだとぼくは思います。

 

 

 

ぜひ、試してください。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

正直言うと、ぼくも自分自身について考えることは苦手です。

 

現実を見るのが怖いからです。

自分は何者かであるはず、何か才能があるはずだ、というわずかながらの可能性を消されてしまうのが怖いからです。

 

しかし、それでもぼくたちは現実と向き合わなければなりません。

自分の存在がどれだけちっぽけなモノであっても、それに「気づいている人」と「気づいていない人」には大きな差があります。

 

自分の現在地を正しく把握できてからが「スタート」なのです。

 

 

ありもしない可能性を半ば本気で信じたまま、気がつけば40年が過ぎている…

そうなってしまうと、もう目も当てられません。

 

 

そうならないためにも、まずは今の立ち位置を把握しましょう。

そこから、始めましょう。

 

 

 

 

 

 

少し話が大きくなってしまいましたが、

とりあえずブーメランを投げてしまわないようにしましょう。

ってことですね(まとまってない)。

 

 

 

それではまた。

 

 

 

 

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うちなータイムを抹消したい

皆さん、ごきげんはいかがですか?

ちびくろです。

 

いきなりですが、ぼくは「おきなわ」が大好きです。

気温が穏やかで、人当たりがよく、まったりと時間が流れていく。

おきなわで生まれ育ったことが、ぼくの一番の幸運であると思えるほどです。

 

しかし、そんな大好きなおきなわにも、一つだけ嫌いなところがあります。

 

 

それは、「うちなータイム」というおきなわ独特の文化(?)です。

 

 

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うちなータイムとは、「おきなわ特有のゆったりとした時間感覚」のことです

例えば、飲み会の集合時間に遅れることは当たり前で、時間通りに集まったのは一人だけ、みたいなことが起こる現象です。

 

他県では、考えられませんよね。

 

 

そんなうちなータイムを、ぼくはどうにかしたいなぁと思うわけです。

その理由は単純で、ぼくが人を待つことが嫌いだからです。

 

なぜなら、その待っている時間にできたはずのことができなくなるからです。

その時間でトレーニングができたな、じっくり読書ができたな、こうやってブログを書けたのかなと思うと、時間がもったいない気がしてならないのです。

 

時間を盗まれた感覚です。イライラします。

 

また、時間を奪われたくない人の気持ちも痛いほどわかるので、人を待たせるのも嫌です。その結果、時間通りに到着しますが、他の人を待たなければならないという状況が生まれるのです。

 

 

またそれ以上にムカつくのが、うちなータイムだと言えば遅刻していいと思っている輩です。

そもそも、ぼくはうちなータイムはただの言い訳としか思っていません。

前の用事が押した、などの仕方がないような理由があれば、当然納得します。

しかし、自信満々な顔で遅れてきてやたらうちなータイムうちなータイム言っているやつは、120%暇です。断言できます。これは、この世の数少ない真理のうちの一つです。

 

 

 

じゃあ、解決方法として遅刻したみんなから罰金としてお金を徴収すればいいじゃないか、という意見もありましたが、それは難しいです。

 

そんなものにうちなータイムを止められるわけがありません。

その方法は、遅刻する人が少数派になった時にしか効果を発揮しません。

考えてみてください、ほぼ全員が遅刻するという状況を。

それでは、時間通り集まった人が少数派となり、数の暴力で罰金はなぁなぁになってしまいます。おきなわでは、通用しないのです。

 

というか、そもそも罰金だとかいう人とは遊びたくないですしね。

 

 

では、どうすればいいのか。

これが、実は非常に難しい問題なのです。

 

うちなータイム問題は、思ったより根深いです。

なぜなら、ぼくのようにうちなータイムが嫌いな人も、そっち側に回ってしまうようなことが起きるからです。

 

流れとしては、下のような感じです。

 

人を待たせたくない→時間通りに到着→うちなータイム発動→

人を待つ→もっと遅くこればよかった→次からは少し遅れてくる→

さらに遅れてくる→…

 

 

そうやって、人を待つのが嫌いだからこそ

逆にうちなータイムに取り込まれてしまうという、矛盾。

 

それを、ぼくは「うちなータイムパラドックス」と呼んでいます。

その「うちパラ」に巻き込まれ、徐々に時間にルーズになってしまうのです。

 

 

そうやって、うちなータイムに反旗を翻した勇者たちが

次々と敗れ去っていくのです。

 

うちなータイム、おそるべし。

 

 

どうにか解決方法を見つけようと、考えている日々です。

 

 

 

まぁ、なんだかんだ言ってこんなのんびりとした

おきなわにいつも癒されるんですが。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

こんな記事を書いていてなんですが、ハッキリ言っておきたいことは「おきなわの人全員が全員時間にルーズであるというわけではない」ということです。

 

しっかり時間通りに動ける人はたくさんいます。

おきなわの人だから、というイメージで勝手に判断されては困る人もたくさんいます。

 

何事もそうですが、イメージで勝手に決めつけることは良くないです。

 

それだけは、頭の片隅においていただけたらなと思います。

 

 

 

 

それではまた。

 

 

 

 

 

 

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「靴磨きをする人は、成功する」のような類の格言について考えたことを書いていく

「靴磨きをする人は、成功する」

 

おそらく、一度はこのような格言を聞いたことがあると思います。

 

「靴磨き」と「成功」。

一見、何の脈絡もないように感じる二つの言葉。

しかし、やはりそう謳われているのには、理由があると思います。

 

その理由について、ぼくが考えたことを書いていこうと思います。

 

 

 

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考えていくうえで、物事を単純化するために

「靴磨きをする人は、成功する」という一文を解析していきましょう。

 

解析とかカッコつけちゃいましたが、めちゃめちゃ当たり前のことを言います。

なので、変にハードルを上げないでください。

 

 

この文を意味ごとに区切ると、「靴磨きをする人」は「成功する」という

二つの要素に分けることができます。

 

そして、その間には因果関係が発生しています。

「靴磨きをする人」→「成功する」

 

これを単純化すると、

「○○する」→「○○になる/する」という構造が見えます。

 

前者は「原因」、後者は「結果」と言えます。

 

身の回りのことであれば、原因に対する結果はすぐに予想できます。

例)「缶を手から離す」→「落ちる」

  「夜更かしをする」→「寝坊する」

  「友達をいきなり殴る」→「怒られる」

 

 

当たり前ですね。

 

 

一方で、「靴磨きをする人は、成功する」という文のように、

原因または結果が抽象的になると、その間の過程(=因果関係)がモヤモヤっとしてきます。

例)「筋トレをする」→「自信がつく(?)」

  「トイレ掃除をする」→「出世する(?)」

  「早寝早起きをする」→「人生が豊かになる(?)」

 

なぜなら、その過程の中でも多くの因果関係が発生しているからです。

 

例)トイレ掃除→小さな変化に気が付く  →出世

        忍耐力がつく

        人が嫌がるコトをできる

        当たり前のことに感謝できる

        身の回りを清潔にできる etc...

 

因果の過程を、一つに絞り込むことができません。

 

なので、このような類の格言には

誰もが必ずしも同じような結果にはなりません。

 

靴を磨いたからといって成功するわけではありませんし、

筋トレをしたから人生が豊かになるわけではありません。

 

一つの小さな「原因」がたくさんの因果を引き起こした結果、

大きな「結果」が生まれるのです。

 

 

 

しかし、ぼくは見つけてしまいました。

その類の格言に関する、因果の共通項を。

 

 

 

それは、メンタリティ(=心構え)です。

 

 

それらの数多ある因果関係の中は、

必ずメンタリティを養う過程が含まれているのです。

 

 

靴磨きやトイレ掃除など、めんどくさいことを怠らない心。

トレーニングする時間を確保するマネジメント力。

眠くてもエイヤっと起き上がる意志の強さ。

 

 

このように、一見関係ないような原因から起こる過程で

心を鍛えることで「結果的に」成功を収めるのです。

 

 

 

しかし、その一方。

その逆もあります。

 

 

通勤や通学の時間にスマホゲームをして時間をつぶしたり、

友人との約束にいつも遅刻してきたり、

自分へのご褒美と称して散財したり。

 

これらのような、半ば無意識にしている行為は

確実にあなたのメンタリティを蝕んでいきます。

 

また、「SNSで〇万円あげます」というような企画を

拡散している人なども同類です。

あれには裏があり、その情報につられた人たちを

リストアップしてどこかに売り込んだり、

フォロワーを集めてアカウントを売却したりしている、

いわゆる情弱向けのビジネスなのです。

 

それに気づかず嬉々と拡散しているのも相当ヤバいのですが、

一番深刻なのは、やはりそのメンタリティです。

 

それらの人たちには、拡散することで「楽して」お金をもらおうとする

というメンタリティが定着してしまっているのです。

 

その証拠として、ぼくの周りにいる特定の人たちから

いつもそのツイートが回ってきます。そのたびにミュートしています。

 

そういった人たちは、おそらく宝くじやギャンブルなどに

淡い期待を描き、お金を使うので、資産が増えることはないでしょう。

 

 

メンタリティは本当に大事だなと、ひしひしと感じています。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

心を鍛えるためにできることは、身の回りにたくさん溢れています。

先述したような、靴磨きやトイレ掃除など。

 

それらのことが当たり前にできるかどうかが肝になります。

 

 

すぐに結果が現れなくても、やり続けましょう。

それは、めぐりめぐってあなたを支える力となります。

 

日頃から、意識的に心を鍛えましょう。

 

 

それではまた。

 

 

 

 

 

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「所作」でイケメンをぶん殴る

皆さん、ごきげんはいかがですか?

ちびくろです。

 

今回は、最近ぼくが個人的に注目している「所作」について書いていこうと思います。

この記事は、タイトルこそ男性向けの見えますが、女性の方も応用できる内容です。

もしかしたら、男性よりも女性の方が重要であるかもしれません。

男性も女性も、楽しみながら、ゆっくり読み進めていってくれたらと思います。

 

 

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そもそも、所作(ショサ)とは何なのか。

所作―
①おこない。ふるまい。しわざ。所為。所行。特に…(以下略)(日本国語大辞典より抜粋)


他にも多くの意味がありますが、これらが一番しっくりくると思います。
その中でも、今回ぼくが焦点を当てるのは、「おこない、ふるまい」についてです。

表情、仕草、体の動き。
一般的に、意識されることはあまり多くないと思います。

しかし、所作一つで人の印象は大きく変わります。
ぼくはそう考えます。



その一例として。想像してみてください。

ひろし君。大学生二年生。
イケメンで、背も高い。頭もよく、学校でも成績はトップクラス。

一見、非常に魅力的なひろし君。
しかし、そんな彼にも欠点があります。
ひろし君、実は「所作」が不細工なのです。

猫背に加え、首も前に出ていて、歩き方もなんだかギコチナイ。
食事の時も、お箸の使い方が気になる。
常に姿勢が悪く、授業中もモゾモゾしていて視界に入る…



どうでしょうか。
少なくとも、最初のひろし君のイメージは変わってしまったのではないでしょうか。


そうなんです。
実は、「所作」は人の印象を大きく左右するのです。


ひろし君は、もちろん架空の人物です。
が、もしかすると、あなたの周りにもひろし君のような人物がいるのではないでしょうか。

おそらく、おそらくですが、
いわゆる「残念なイケメン」と言われている人たちは、その部類に入ると思います。
性格からきているモノなのか、所作が弱いのです。

でも、イケメンの場合はそれがかわいいという長所になりかねないのですが。
イケメンはいいですね。


そんなイケメンたちに対抗するべく、ぼくは考えました。
人を惹きつけるものは何か。人間として、気高くあるためにはどうしたらいいのか。


その答えが、「所作」です。
ぼくの個人的なランキングとしては、人を惹きつけるのは

1.顔
2.体格
3.所作

だと思います。

残念ながら、一般的に顔や身長は変えることができませんが、
所作は意識すれば誰にでも変えることができます。

そして、所作を磨き上げれば、上の二つ(顔と体格)をカバーできます。
カバーどころか、それ以上に効果があると思います。

もちろん、所作を変えていくことは簡単ではありませんが、
身に着ければそれだけ強力な武器になります。



これからは、ぼくが考える「所作の整え方」について書いていこうと思います。
ただし、これはぼくが勝手に考え出したものなので、正しいものかどうかは分かりません。
あなた自身で判断してもらえればと思います。

 

 

 

 

 

・姿勢を常に意識する

所作改善の第一歩は、「姿勢」を見直すことだと思います。

背筋は伸びているか、あごが前に出ていないか。

どちらかの肩が上がったり下がったりしていないか。

 

これらのことだけでも、できている人は少ないと思います(ぼくを含め)。

 

それらを改善していくためには、「意識」が必要不可欠です。

意識、めちゃ大事です。

 

ぼくは高校の頃、野球部に所属しており、

体の歪みが原因で長期的なケガをしてしまいました。

その体の歪みは、普段の姿勢から作られると、整形外科の先生がおっしゃっていました。

 

その先生はさらに、

「常に意識してください。気がついたらすぐに姿勢を整える、そうしていかなければ姿勢は改善されていきません。」

とおっしゃいました。

 

その日から、ぼくは常に意識できるように

スマホの待ち受け画面を、姿勢の説明に使われている背筋の伸びた人間のイラストにしました。

 

 

アルバムに残っていた、実際の写真です。

 

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なんだかシュールな感じになりましたが、

意識づけできるまではこの待ち受けで過ごしていました。

 

それぐらい、意識は大切です。

姿勢の矯正方法は、ネットにいくらでも情報があると思うので

調べてみてください。

 

 

 

 

・体にフィットした服を着る

服、大事です。

 

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詳しくはこの記事に書いていますが、

要約すれば、

「スーツなどの体にフィットした服は、姿勢や動きも矯正されて自然に姿勢が整うよね。逆にぶかぶかの服は姿勢や歩き方が崩れるよね」

といった感じです。

 

つまり、ぴったりの服を着て外から強制的に矯正しよう、ということです。

場を凍らすダジャレのようになってしまいましたが、ほんとに重要です。

 

これに自分の意識をかけ合わせれば、姿勢の問題は

大きく改善されるのではないかと思います。

 

 

 

・余裕を持つ

ここからは、メンタルについてです。

所作は、精神状態の鏡だと思います。

 

不安になれば、自然と目線は下に向き、背中も曲がり姿勢は崩れてしまいます。

緊張してしまえば、顔がこわばり、表情が不自然になります。

 

精神状態が追い込まれれば追い込まれるほど、

所作は弱々しくなっていきます。

 

それを防ぐためには、余裕をもつことが必要です。

 

 

では、余裕を持つためにはどうしたらいいのか。

それは、やはり様々な経験を積むしかありません。

人間は、一度経験したことは、初めて体験するときより

何倍も余裕ができます。

 

なので、色んな事を体験してみる。

それが一番大事だと思います。

 

 

また、個人的には筋トレを推しています。

 

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筋トレは、もっとも効率的に「自信」を手に入れられる方法だと考えています。

自信があれば、必然的に余裕は生まれます。

 

なので、色んなことを経験しつつ、筋トレを継続することがベストだと思います。

 

 

 

・理想の人物を想像する

この方法は、ぼくが高校の頃や受験期によく実践していたものです。

効果は絶大でした。

 

やり方は、自分の日常を自身が理想とする人物と照らし合わせる、

という至ってシンプルなものです。

 

例として、以前ぼくが実際にしていた考え方を紹介します。

ぼくは、イチローさんに憧れていたので、彼をイメージしていました。

 

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例えば食事中、

「イチローさんは猫背でご飯を食べたりするだろうか。いや、しないだろう。

きっと、背筋が伸びた状態でご飯に集中するだろうな」

そう考え、姿勢を意識して口に物を運ぶ。

といった感じです。

 

そうして、常に理想と照らし合わせてみる。

それを毎日続けていくことで、自分の理想の所作に近づいていくことができます。

 

理想の人は、芸能人でも、先輩でも、抽象的な人物像でも、

架空の人でも、イメージができれば誰でもいいです。

 

 

そしてこれは、所作だけでなく他のことにも応用できます。

すごく有効な考え方だと思うので、試してみてください。

 

 

 

 

以上が、ぼくの考える「所作の整え方」です。

ぜひ、実践してみてください。

 

所作を武器に、イケメンに追いつき追い越しましょう。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

最近、興味を持った「所作」について、書かせていただきました。

ぼくも、書きながら思考を整理できたので、記事にしてよかったなと思います。

 

とはいっても、ぼくの所作はまだまだ未熟で、

目標としている「洗練」という状態にはほど遠いなと思います。

 

なので、これからもこの記事に書いた方法を実践、継続していきたいと思います。

そして、イケメンを追い越せるような人間的魅力を手に入れたいと思います。

 

 

 

所作を身に着けたイケメンは無視します。

 

 

 

 

それではまた。

 

 

 

 

 

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好きなものを並べて観察したら、目指すべき道が見えた話

皆さん、ごきげんはいかがですか?

ちびくろです。

 

今回は、タイトルの「好きなものを並べて観察したら、目指すべき道が見えた話」について書いていこうと思います。

 

話の内容上、ぼくの話が多くなってしまうかもしれませんが、

読んでいるあなたにもきっと役立つ話だと思います。

ゆっくり読み進めていってください。

 

 

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いきなりですが、ぼくは物事の共通点を探すのが好きです。

一見、何の関係性もないように見える物でも、意外と隠された共通点があったりします。それを発見するのが、好きなのです。

 

例えば、本とメガネ。

使う(読む)と「クリアな視点が手に入る」という点で共通しています。

謎かけみたいなものですね。

ぽっかり時間が空いた時に、こんな遊びをしています。

 

 

そして、ある日。

お風呂に入っていると「ぼくの好きなものって何だろう」という

疑問が浮かびました。

 

映画、筋トレ、本、写真、文章、野球、建築物、風景…

もう少し細かく考えると、シンプルな服、カッコいい身体、整えられた髪、

きれいなスイング、美しい所作、カフェ、直線、円、三角、四角、原色、

インテリア、秩序立った建物、美術館、絵、スーツ、背筋の伸びた姿勢…

 

頭の中で、たくさん思い浮かべてみました。

そして、ある程度出揃うと、例の「共通点探し」をしてみました。

 

これ程多くの物に、共通点などあるのだろうか。

そう思いました。

 

うんうんとうなりながら、考えました。

しかし、答えは出ず。諦めてお風呂から出たその時でした。

 

 

 

 

「洗練」

 

 

 

 

その二文字が、頭の中に浮かびました。

 

 

シンプルな服、カッコ良い身体、秩序だった建物…

確かに。

思い浮かべた全ては、「洗練」という言葉を含んでいる物でした。

それが分かった瞬間、おぉぉ!!となりました。

 

そして、好きなコトモノに共通している点であるということは、

それが「好き」という感情の原点にあるものなのではないかと考えました。

 

また、「好き」の原点には、例外もありますが、

そうなりたいという「憧れ」も含まれているのではないか、と考えました。

 

小さい頃、誰しもが仮面ライダーやプリキュアになりたいと思う時期があったと思います。それは、強いもの、かわいいものが好きという子供の純粋な気持ちからきていた「憧れ」なのではないかと思います。

 

 

つまり、たくさんの「好き」の共通点である「好きの原点」は、

本能的に自分が「憧れている」ものであり、

 

 

それは、自分のなりたい姿を示す指針になる。

 

 

ぼくは、そう結論付けました。

 

 

 

なので、ぼくは「洗練」された自分を目指すことにしました。

もちろん、ぼくにはまだまだたくさんの至らないところがあります。

早起きも苦手ですし、面倒くさいことは後回しにしています。

家でグータラしてしまいますし、頭もそれほど良くありません。

 

 

そんな時に、「今のぼくは、洗練された状態だろうか」

心に問いかけます。

 

すると、不思議なことに「ちょっとだけやってみるか」という

気持ちが生まれます。

 

おそらく、自分の憧れの姿とかけ離れているのが嫌なのでしょう。

なので、どんな時でも自分に問いかけていきたいと思います。

 

 

 

「今のぼくは、洗練された状態だろうか」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

このように、ぼくは好きなものを並べて観察した結果、

「洗練」という言葉を自身の目標として定めることができました。

 

ぼくは、強烈な指針を手に入れることができたと思います。

 

 

あなたもぜひ、時間がある時に一度やってみてください。

自分の目指すべき道が見えてくるかもしれません。

 

 

 

 

それではまた。

 

 

 

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